バンドマンが使う逆さ言葉というのがある。
食事を誘うのに、「シーメイークにクーイしよう」とか。
雨が降れば、「あれ、メーアーリーフー?」とか。
「ローフー入ってパリサツ」とか。
いまどき、さすがにこういうひとはあまり居ないのだろうけど。
不思議に思うのは、逆さ言葉にするのにも不文律のようなものがあって、決して逆さにはならない言葉がある。
たとえば、ハワイのことを「ワイハ」とは言うけれど、グアムやサイパンを「アムグー」とか「パンサイ」とは言わない。
頭の良くないひとのことを「アーパー」と言うけれど、「カーバー」とか「ホーアー」というのは聞いたことがない。
明確なルールはないのだが、逆さにして良い言葉とそうでない言葉は、誰かに教わったわけでもないのに、なぜか区別できる。
これはどういうことなのか。
略名もそう。これも説明のつかないルールがある。
ギターのジョン・スコフィールドは「ジョンスコ」だけれども、ジョン・コルトレーンを「ジョンコル」とは誰も言わない。
「ジミヘン」は違和感ないけれども、カルロス・サンタナを「カルサン」(富山の置き薬のようですね)となぜ呼べないのか。
木村拓也は「キムタク」で問題ないが、中居正広を「ナカマサ」にすると、地方のスーパーになってしまう。
坂東妻三郎を「バンツマ」というのは格好いいけれど、坂東玉三郎のことを「バンタマ」というと途端に間抜けに感じてしまうのはなぜだろう。
このあたりのことを、ひとつチョムスキーに説明してもらいたい気がする。