GiantsWinning

スイングしなけりゃ当たりません

言い訳 

週刊ベースボールで、星野ジャパンの特集をしていた。

そこで敗因の総括をしているが、それをまとめると以下のようになる。

 ・国際審判のストライクゾーンの違いに選手がとまどった

 ・ボールの皮が粗い。しかもそれを渡されたのは北京入りしてからだった。

 ・ロージンが日本と違うものだった。

 ・ベンチ前でのキャッチボールが禁止されていた。

 ・準決勝の韓国戦では、ブルペンとベンチの電話が故障していた。

星野監督も「これじゃあ選手がかわいそう」と言っているが、なに言ってるんだろうと思う。
まるで、友だちの家でファミコンやって負けて、「うちのとコントローラーが違うから」と主張する小学生のようなものだ。
敗因を外的条件のせいにすれば、納得しやすいのはわかるけれども。

ところで、試合を見ていて疑問がいくつかある。

 ・ダルビッシュが、第1戦以降、重要な場面での登板がなかったのはなぜか。

 ・あれほど柱だとこだわった上原の登板が、2試合しかなかったのはなぜか。

 ・しろうと目に見ても好調とはいえない岩瀬を連投させたのはなぜか。

 ・「キャプテンとして絶対に必要」とした宮本を、途中から外したのはなぜか。

この点については、マスコミもあまり触れていないし、選手の発言もほとんどない。
上原だけが、あっさりと「もう全日本には出ない」と言っている。
穿った見方かも知れないが、選手と首脳陣の間に、なにか感情的なもつれがあったのではないかという気がする。
[ 2008/08/31 02:29 ] 凡事 | TB(0) | CM(0)

バンドと経営 

昨日、西荻のw.jazで旧知のWAKAさんのバンドのライブを観に行った。
WAKA&Eat Seaというように、「いい歳」のバンドだが、音が骨太でドライブしていて格好よかった。

このバンドは、WAKAさん自ら紹介しているように、Q&W(クエスチョン&ワカンナイ)というユニットのワカンナイのほうのバンドで、曲もバックもほぼQ&Wと同じなのに、以前に聴いた音と違う感じがした。
音響の違いもあるかも知れないが、バンマスが変わるとバンドの音が変わるのだなと思った。

会社経営とバンドの運営は、共通するものがある。

 1) バンドは、バンマスの思いや意思で方向性が決まる。
 2) それがないと、バンドメンバーは何をどうして良いのかわからない。
 3) 方向性が明確でないバンドは、いずれ崩壊する。
 4) バンマスの意図が理解できていないメンバーがいると、まとまらない。
 5) かといって、メンバーが言われた通りのことしかやらないバンドはつまらない。
 
僕は、ピアノをやっていて、バックを務める機会がほとんどだが、バンマスの意向が理解できずに、やりづらい思いをしたことが何度かある。
バンマスは自分の音楽を実現するために、言葉で語ったり、自らのプレイで示したり、あるいは譜面でガチガチに示したりといったいろんな手段があるけれども、要は実現のイメージを明確に示すことが必要だ。
これは、会社経営には必ず理念と説明責任が必要であることと共通している。
[ 2008/08/25 01:49 ] | TB(0) | CM(4)

20年後 

ウサイン・ボルトが100mを9秒69で走った。
僕は、人類の能力が進化する瞬間を見たと思い興奮した。

いまから20年前の1988年のソウルオリンピック。
ドーピングで失格になったものの、ベン・ジョンソンが100mを9秒79で走った。
そのときも、人類が進化する瞬間を目撃したと思い興奮した。

そこで僕は何を思ったかというと、

 ・20年経つのは、あっという間であること
 ・20年経っても、感じること考えることは変わらないこと
 ・自分自身は、どうやら進化してなさそうであること

次の20年後は2028年だが、僕は64歳になっている。
それもあっという間にやってくるのだろう。
その年もどこかの都市でオリンピックをやっているはずで、そのとき100mの記録はどうなっているのか。

【予想】

 ・オリンピックは、イスラム圏で開催される(トルコのアンカラかイランのテヘラン)
 ・100mは、9秒49を記録
[ 2008/08/24 13:15 ] 凡事 | TB(0) | CM(0)

裸の王様 

裸の王様になんと言うべきか。

王様が裸であることを指摘したのは、町の子供だが、そこには大人から子供まで「裸は不自然なことである」という共通認識があったからこそ、この話は寓話として成立している。

もし、裸族の国の王様に同じことを指摘しても、「はぁ?」とか「それがなにか?」と言われるだけだろう。

国や時代のパラダイムが違えば、何が正解なのかはわからない。

裸で歩くこと自体は、正解でも不正解でもなく罪でも不正でもない。
全裸であれば、文明社会では断罪されるかも知れないが、絵本の挿絵に掲載されている裸の王様は、確かパンツだけは履いていたから、さほど大きな問題ではないはずだ。

では、この裸の王様になんと言ってあげるべきか。

僕だったら、「王様、なかなかいい体してるじゃないすか」と言う。

王様の側近のように、「良い服ですね」などと事実と異なることを報告するのはいけない。背任行為である。
事実は事実として正しく知らせなくてはならないが、裸であることを否定する必要はないと思う。
ましてや町の子供のように、裸であることを哂うべきではない。
[ 2008/08/21 00:23 ] 凡事 | TB(0) | CM(0)

避暑 

あまりに暑いので、箱根の桃源台まで行くことにした。

横浜駅から目的のホテルまでは、高速バスが出ているので楽で良い。
12:55発のバスに、Tシャツサンダルのまま乗り込んで、2時間ほどでホテルの前。

チェックインするやいなや、温泉にさぶんと入り、汗をガンガン出す。
部屋へ戻って缶ビールをプシッと開けてグビグビ。
ここの自販機のビールは、キンキンに冷えていて嬉しい。
つまみのジャイアントコーンも塩気が利いてて嬉しい。

天気がよければ富士山も見えるという話だったが、雲が多くて見えなかった。
だから、濃緑の箱根連山を眺めながら冷えビールを飲んでいた。

山の稜線を見て、「山は女なのだな」などと詩人のようなことを思い、ということは「そこに山にあるから登る」というのは、性欲の代償なのかもな、などと考えていた。

「崖の上のポニョ」の主題歌が耳について離れない。
バス亭にいた子供が、四六時中歌っていたせいだ。

僕の頭のなかでは、「♪ぽーにょぽーにょぽにょ、さかなの子〜」の後には、どうしても「♪わたーしのおうちはスイッツランドよ〜」と続く。

スイスに棲む魚だとしたら、レマン湖にいる淡水魚の武装中立的な話になるのだろうな、などと考えているうちに、意識が無くなったかも知れない。
[ 2008/08/17 22:16 ] 凡事 | TB(0) | CM(4)

日常のリスク 

日常には思いもかけないリスクがある。
ということが、今日しみじみとわかった。

会社のトイレでウォシュレットを使っていた。
いつものように水流を「強」にして洗って、「止」を押したところ、水流が止まらない。
あれ、と思って、もういちど「止」を押したが止まらない。
うそ、と思って、さらに押したがやっぱり止まらない。

どうしようか、と思った。
このまま立ったらどうなるか。
ウォシュレットの水流は思いのほか強く、人間が座ってない状態だと、水が1mぐらいの高さまで上がることを僕は知っている。
(以前トイレ掃除をしていて、間違ってボタンを押したらそうなったので)

このまま立ち上がったら、あたり一面水浸しになるし、僕自身もびしょぬれになるだろう。

誰か呼ぼうか。
幸いなことに携帯は持っている。
で、誰を呼ぶ?うちの社員?ビルの管理会社?セコム?
僕はパンツを下ろしたままだ。
なんと説明する?呼んでどうする?そしてなにを対処してもらう?

なんだかじわじわと頭がパニック化してきて、何をどうしてよいのかわからなくなった。

僕の*には「強」の水流があたり続けている。

あせりにあせって、「止」ボタンを、ぎゅーっと力を入れて押してみた。
そしたら、ピタっと止まった。

ああ、よかったー。
神よ、俺を祝福しろ。


でもこうした想定外のリスクに対して、何をどう備えればよいのか。
単純に言えば、ウォシュレットを使わなければ良いではないかという考え方もあるが、利便性とのトレードオフによるリスクヘッジは、根本的な解決ではない。

旅客機の自動操縦などの精密なシステムでは、機械は壊れるもの、人間はミスをするもの、というリスクを織り込んだ救済措置がいくつか働くようになっていて、このような設計思想を「フェイル・セーフ」という。

ウォシュレットのメーカーには、この考え方が不足している。
[ 2008/08/01 01:30 ] 凡事 | TB(0) | CM(0)
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sugamara

Author:sugamara
冷たいトーフだと人はいうけれど
いいじゃないの湯ドーフになれば

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